桂浜から室戸岬へ続く一本道 
安芸に立ち寄り男のロマンを辿る 
岩崎彌太郎の生家に野心の跡を読み 
野良時計の針に男の良心を学ぶ
室戸への道は意外にも遠く 
歩を進める異国の遍路たちの背に ここでも静かなロマンの形を知る
傾いた陽光に食いそびれた昼と夜 タイパという名の不本意な選択肢 空港の食堂という味気ない正解
この旅は鰹に始まり鰹で終える 
注文と同時に現れるそのスピード さすがと言わざるを得ない空港の効率 
味はどこまでも無難で 旅の終わりを淡々と告げている
〆て2人で7.2千円
桂浜から室戸岬へ続く一本道 
安芸に立ち寄り男のロマンを辿る 
岩崎彌太郎の生家に野心の跡を読み 
野良時計の針に男の良心を学ぶ
室戸への道は意外にも遠く 
歩を進める異国の遍路たちの背に ここでも静かなロマンの形を知る
傾いた陽光に食いそびれた昼と夜 タイパという名の不本意な選択肢 空港の食堂という味気ない正解
この旅は鰹に始まり鰹で終える 
注文と同時に現れるそのスピード さすがと言わざるを得ない空港の効率 
味はどこまでも無難で 旅の終わりを淡々と告げている
〆て2人で7.2千円
まどろみの底からゆっくりと目覚め カーテンを開けば朝の光に浮かぶ高知城 天候は申し分ない晴れ チェックアウトまでの贅沢な空白を楽しみ 僕は桂浜を目指して走り出す
朝飯は地図ではなく直感に委ね うどん屋をやり過ごした先に 鰹の看板が僕を呼び止める メニューは定食か否かという二択の宇宙
有無を言わさず藁の炎に向き合い 素人の手で焼き上げた鰹 けれど立ち上る香りはどこまでも鮮烈で それは文句なく美味い
再開発された桂浜の新しい貌 それが正しいことなのか そうでないのかは分からない ただ目の前の海だけが いつまでも青く広がっている

鰹の藁焼き体験定食(1,800円)





「かもん亭」の予約を勝ち取るというのは、簡潔に言ってしまえば、霧の深い夜に古い短波ラジオの周波数を合わせるような、骨の折れる作業だった。
営業時間のまっただ中に何十回コールしたところで、受話器の向こうからは冷ややかな不在の響きが返ってくるだけだ。僕は戦術を切り替え、嵐の前の静寂のような時間帯を狙ってダイヤルを回した。2回目。予感は的中し、世界はようやく僕に対してその扉を開いた。
最初に出されたお通しを一口食べた瞬間、僕は自分の認識を根本からアップデートしなくてはならなかった。ふき煮の上に土佐あか牛のわら焼きが鎮座し、正体不明の茶色い粉が魔法のように振りかけられている。
「猛烈に美味い。」僕はそう独り言を言い、高知という土地の厳格なルールに従って、選び抜かれた地酒を喉に流し込んだ。
煮貝の盛り合わせは、貝という生き物がその体内に秘めた旨味を、特殊なデバイスで最大化したような凄みがあった。これもまた、猛烈に美味い。
名刺代わりの刺身が運ばれてくる。鮃、生蛸、縞鯵、鰹、真鯛、あおり烏賊、そしてうつぼ。どれもが猛烈だったけれど、特にうつぼのコリコリとした独特の食感は、僕の知っているどの魚の記憶とも合致しなかった。
そして、真打ちが登場した。「概念が変わる」と形容される、わら焼きの鰹のたたきだ。 八朔の皮と果汁を散らし、塩と山葵、それににんにくを添えて口に運ぶ。鰹という魚がこれほどまでの静かな怒涛を秘めていたなんて、一体誰が想像できただろう。
「超猛烈に美味い」
僕はしばらくの間、沈黙を守るしかなかった。
さつま芋の仏手柑煮を口に含んだとき、僕はひとつの確信に至った。この店には「普通」という概念の入り込む隙間などどこにもないのだ。それはレモン煮ではない。仏手柑でなくてはならなかった。猛烈に美味い。
高知農業高校ハムのポテトサラダが運ばれてきたとき、僕は自分が知っているポテトサラダという概念の定義を、一度ゴミ箱に捨てるべきだと悟った。それは僕たちが知っているそれとは、姿も成り立ちも根本から違っていた。じゃがいもの代わりにさつま芋が使われているのだ。猛烈に美味い。
自家製ツガニクリームコロッケも、やはり既視感という言葉をあざ笑うかのような独創的な姿をしていた。裏ごしされたさつま芋にビーツの色彩を落とした鮮やかな土台。その上にコロッケが鎮座し、さらにえのき揚げが冠のようにのっている。多層的な味が、まるで訓練されたオーケストラのように喧嘩することなく調和している。猛烈に美味い。
香住蟹と新玉のかき揚げには、擦った甲羅を混ぜ込んだ塩が添えられていた。その香ばしさが蟹の甘みを引き立て、僕の感覚を鋭く刺激する。猛烈に美味い。
土佐あか牛のわら焼きに至っては、もう言葉を費やすこと自体が野暮なことのように思えた。沈黙こそが最大の賛辞だ。ただ、こう言うしかない。猛烈に美味い。
最後を締めくくるのは、自家製ツガニ汁だった。それは僕がこれまで生きてきた中で一度も経験したことのない、説明不可能な深みを持った液体だった。ひとつの宇宙を飲み干すように、それは僕の身体の隅々にまで静かに沁みわたっていった。超猛烈に美味い。
僕はゆっくりと息を吐き、ようやく物語の終止符を打つ準備が整ったことを知った。窓の外の雨は、いつの間にかただの背景に変わっていた。
〆て2人で2万円
「りらくる」で身体の強張りを解きほぐした後、僕たちは遅い昼食をとるためにうどん屋へ向かった。あまり知られていないことだが、高知も香川に負けず劣らずの「うどんの国」なのだ。
店の前で少しばかり順番を待ち、ようやく中に入った。 連れは迷うことなく一番人気の「ゴボウ天スペシャル」を注文した。彼女は、いつだって僕より数百円高いメニューを選ぶ特殊な才能を持っている。僕はといえば、うどんそのものの打たれ強いコシを確かめるために、シンプルな冷やしぶっかけを選択した。それから、うどん屋の品書きとしては少し風変わりな「魚の漬け丼」を。
運ばれてきたうどんを啜ると、期待通りの確かな反発が返ってきた。そのコシは香川のそれと同じくらい誠実だった。つゆはいくぶん甘めで、僕の好みの中心を静かに射抜いていた。
「このゴボウ天、驚くほど甘いよ」と連れが言った。
僕も一つ分けてもらったが、それは確かに最高だった。漬け丼も、文句の付けようのない鮮度を保っている。店員たちの立ち居振る舞いも適切で、そこには過不足のない心地よいホスピタリティが流れていた。
全体として、それは非の打ち所のない食事だった。 僕たちは満足し、店を出た。外の雨はまだ止んでいなかったので、高知城歴史資料館に行った。展示品は、充実からほど遠く、雨宿り以上の役割は果たせていなかったが、兼光作の太刀だけは素晴らしかった。
温玉冷やしぶっかけ(550円)
魚の漬け丼(660円)
冷やしゴボウ天スペシャル(1,100円)


高知の日曜市を歩くのは、本来なら幸福のリストの上位にあるべき出来事だ。しかし空は低く停滞し、小雨がすべてを台無しにしていた。露店はまばらで、色鮮やかな野菜の代わりに灰色の舗装が鈍く光っている。
僕は肩をすくめ、妥協の結果として「黒潮ひろば」の暖簾をくぐった。そこが観光客向けのショーケースだと知りつつも、濡れ鼠になるよりはマシだと思えたからだ。
運ばれてきたのは鰹のたたきと鯖寿司。
「味はどうだい?」と心の中の誰かが訊く。 「悪くない。ただ、切実な感動が欠落しているだけだ」
それは均質化された焼き仕事と、記号化された鮮度による予定調和な味だった。僕たちはそれらを事務的に胃へ収め、最後の一口を飲み込んだ。
雨足は強まり、僕たちは観光をあきらめた。完璧なあきらめは、時として清々しい。
幸い、羽田で天気予報を見た際に「りらくる」を予約しておいた。店内の静謐な沈黙は、外の雨とも喧騒とも無縁だった。僕はうつ伏せになり、セラピストに身を委ねる。
「凝っていますね」 「たぶん、人生の半分くらいは」
巧みな圧力が強張りを解いていく。それは複雑に絡まった古いコードを、熟練のエンジニアが解きほぐすような作業だった。食事に欠けていた「至福」というピースが、ようやく体内に嵌まっていく。
僕は目を閉じ、意識の底へ沈んだ。外では相変わらず雨が降っていたが、もうどうでもいいことだった。



鰹たたき9切れ(1,600円)
鯖寿司(1,800円)
大満足の朝食を終えて、
僕たちの鎮魂の旅が始まる。

2022年8月30日、カレンダーの数字が更新されるように、双葉町の帰還困難区域の一部で避難指示が解除された。福島第一原発の事故から11年半、理屈の上では、人々は再びそこに定住できるようになった。しかし、失われた時間はあまりに長く、多くの人々はすでに別の場所で新しい生活の根を張ってしまっている。そこにどれほどの体温が戻るのか。
そんな不確かな風景の中に、七十を過ぎたお母さんが「こんどこそ」という名の居酒屋を開いた。
僕たちは彼女に会い、そこにあるはずの「再生」という名の断片に触れようとした。しかしあいにく、その日彼女は不在だった。期待していた思索の入り口は見つからず、僕らの問いかけは宙に浮いたままになった。
代わりに僕らが出会ったのは、刺身定食(1,300円)だった。
新鮮な刺身の身の引き締まり方も見事だったが、何より僕を驚かせたのは福島県産のコシヒカリだった。それは猛烈に美味かった。一粒一粒が自律した意志を持っているかのように輝き、僕は迷わずお代わりを頼んだ。理屈抜きの生命力が、そこには宿っていた。
食事のあと、僕らは巨大な防波堤へと足を向けた。 
コンクリートの壁から見下ろす町並みは、再生の息吹がようやく土を割って芽生えたばかりのような、静かすぎる表情をしていた。
それから僕らは、浪江町の震災遺構、請戸小学校を訪れた。
いつもは面倒くさがり屋の清〇くんが、珍しく僕らを先導した。
不謹慎な言い方に聞こえるかもしれないが、そこには圧倒されるほどの「見応え」があった。
校長先生の下した迷いのない判断。
互いを支え合う人々の意思。
そしていくつかの幸運。
それらが複雑に、しかし必然的に絡み合い、全員が無事に避難するというひとつの「奇跡」を形作っていた。



その物語は、言葉の壁を越えて、海外から訪れた人々の心にも確かな質量を持って届いているようだった。
「こんどこそ」では宙に浮いてしまった「再生」の物語について、僕たちはここで十分過ぎるほど教わった。
浪江焼そばを抜きにして、この土地を語ることはできない。うどんと見紛うほどの極太麺に、豚肉ともやしというストイックな構成。
僕たちはその誘惑に抗えず、道の駅のフードコートに立ち寄った。
それは「再生」という高潔な思索とは無関係に、ただ内〇くんが「食べたい」と切実に口にしたからだ。僕たちは黙々と麺を啜り、胃袋に確かな重みを感じる。人生には、理屈抜きで空腹を満たすべき瞬間が必要なのだ。
西日に照らされた車は、再び南へと滑り出した。
「結局、『再生』って何なんだろうな」
誰かが独り言のように呟いた。窓の外には福島第1原発の大きなクレーン。カーステレオからは、あの歌が流れてきた。
『何も言えなくて……夏』
イントロのピアノが車内を浸していく。すべてを失った女性が、歌を捨てようとした男に「あなたには歌がある」と告げたあの瞬間の沈黙を想う。言葉にできない悲しみを知り、それでもなお空腹を覚え、友と酒を酌み交わす。それは「体たらく」なことではなく、生きていくための唯一の、そして正しい作法なのだ。
久喜駅が近づくにつれ、会話は途切れていった。それぞれが自分の中にある「再生」の断片を、静かに仕舞い込んでいる、というよりは、ただ眠いだけだった。
人生の折り返し地点を過ぎた四人の男たちは、またそれぞれの日常へと戻っていく。けれど僕たちの胸には、会津の冷酒の涼やかな熱と、あの米の確かな甘みが、消えない光のように静かに灯り続けていた。
食を真剣に選ぶこと。それは僕が自分自身に課している数少ない、しかし譲ることのできないポリス(政策)のようなものだ。だから今回の旅でも、ホテルの画一的なモーニング・ビュッフェに胃袋を預けるような真似はしなかった。朝食はラーメン。最初からそう決めていた。
店を選定したのは僕だが、具体的なメニューの構築については、自称ラーメン侍の梅◯くんの判断を仰ぐことにした。餅は餅屋に、ラーメンの細部はマニアに。それが僕の考え方だ。
梅◯くんが選んだのは「帆立香る会津山塩らぁ麺」にワンタンのトッピング(1,300円)という、実に理にかなった組み合わせだった。僕たちは迷わずそのラインをなぞることにした。
スープを一口啜ったとき、それは僕の想像以上の「猛烈に美味い」という実感を叩き出した。昨日啜ったラーメンよりもさらに上品で、どこまでも繊細だ。おそらく、会津という土地が持つ清らかな軟水が、その味の輪郭を形作っているのだろう。
麺の太さだけは、◯津くんが推奨する細麺の代わりに、僕はあえて極太麺を選択した。論理的な裏付けがあったわけではない。ただ、太い方がより「美味そう」に見えたからだ。直感というのは、時に精密な分析を上回る。
最後の一滴まで飲み干したあと、心地よい充足感だけが残った。こうして僕たちの最高の朝が始まった。
僕たちは開店の十五分前にその店の前に立った。僕たちの人生経験が教えてくれたちょっとした知恵によれば、十五分前の行動は、後の数時間を快適なものに変えてくれる。案の定、開店と同時に店内は満席となり、外には所在なげな列ができ始めた。

五年半という空白を経て、僕たちは再びその暖簾をくぐった。

店主が儀式のように差し出す冷酒。
その一献を口にした瞬間、今日一日の旅の断片が、熱を帯びた物語となって身体に染み渡る。
幸手権現堂の狂おしい花の色、宇都宮のラーメンの動物的な幸福感、雪山の静寂。
すべてはこの一杯へと続く、僕が計画した周到な伏線だったのだ。
会津の酒がこれほど突出して美味いのは、盆地の厳しい寒さと清らかな軟水、そして蔵人たちが技術を教え合い高めてきた「和」の歴史があるからだ。
金賞受賞数日本一という数字は、その静かな情熱の結晶に過ぎない。
ここには、そんな風土が醸した最高傑作の逸品たちが、店主の確かな審美眼によって並んでいる。
僕たちは盃を交わし、言葉を重ねる。今夜の主題は「再生」だ。
たとえば「りくりゅう」が見せた一瞬の光。
前日の失敗に打ちひしがれるパートナーを、彼女はたった一言で再生させた。「点数とかメダルのためではなく、私はあなたのために滑る」
Z世代の彼女が放った言葉に、腹黒の内◯を除いて、僕らは昭和の剥き出しの体温を感じ、胸を熱くした。
話題は、明日訪れる震災の記憶へと繋がる。
元JAYWALKの中村耕一さんの再生を支えた、ある被災女性の言葉。
「私はすべてを失いました。でも、あなたには歌がある。」
過去を背負う彼に、彼女はすべてを承知した上で背中を押したのだ。
罪を償うことと、歌うことは別なのだと。やがて避難所に湧き上がったあの曲のリクエスト。
「何も言えなくて……夏」
会津の芳醇な滴は、僕らの頑なな思索を解きほぐし、
「今、ここに生きている」という素朴な確信へと導いてくれる。
店のスタイルは変わり、アテは店主が選ぶ品が自動的に供される。
だが、誰よりも酒を愛する彼が創るアテは、どれも完璧な精度で僕らのハートを射抜いていく。
「猛烈に美味い」
僕たちはその調和に、最大限の賛辞を送った。
人生には、ただ差し出された最高のものを享受すべき瞬間があるのだ。
4時間半、4人で16合呑んで〆て4.2万円
風に舞う花びらに、失われた時間と これから刻む時間を重ねて
宇都宮の「心麺」へ辿り着いたのは、自称ラーメン侍の梅◯君に導かれたからだった。
正午の15分前。それが彼が提示した絶対的なデッドラインだった。案の定、僕たちが席についてから10分もしないうちに、店の外には行列ができ始めていた。時間の壁というものは、時として僕たちの想像以上に薄く、そして残酷なものだ。
僕は彼の勧めに従い、塩ラーメンを注文した。後悔という名の重荷をあとの人生に持ち越したくなかったから、迷わず「全部のせ」を選択した(1,320円)。
運ばれてきた丼を目の当たりにした瞬間、そこにはある種の「確信」が漂っていた。そしてスープを一口啜ったとき、その予兆は「強烈に美味い」という揺るぎない事実に置き換えられた。
ワンタンも、口の中でほどけていくチャーシューも、すべてがあるべき場所に、あるべき理由を持って配置されている。そこには調和があり、丁寧な手仕事が形作る、損なわれることのない完璧な「形」があった。
僕はすっかり満足して、隣で少し得意げに鼻を鳴らしている◯津君の、その狭苦しいまでのこだわりが、ごく稀に正しい方向へ作用することを、最大限の皮肉を込めて賞賛することにした。